アジア人権人道学会報告概要 2

アジアの人権状況と日本外交の課題
土井香苗・ヒューマン・ライツ・ウォッチ東京ディレクター

 ヒューマン・ライツ・ウォッチとは、ニューヨークに本部を持ち、世界80カ国を調査対象としている国際人権団体です。アムネスティ・インターナショナルとともに世界の二大国際人権団体になります。活動資金は年間40億程度の民間資金で賄われており、政府からの資金は一切、受けていません。これはあらゆる国の政府から独立していることが重要と考えているからです。東京オフィスは明治大学アカデミーコモン7階に設置されております。

 活動内容は、まず、人権人道問題の調査をし、これを世界に対して公表するということが一つの軸になります。レポートやニュースを数多く提出しています。事実を確認したうえで、それを報告するだけだと報道機関と変わりないのですが、それだけではなく、問題解決のためにアドボカシーという活動をしています。これは人権問題・人道問題を解決する力のある組織、世界各国の政府や国際機関に対して働きかけを行うことで、人権人道問題解決のための政策の推進をしています。加害者の責任追及をすることが重要と考えており、そのような世論が世界で起きるように、そして、戦争犯罪者の訴追といった活動をしております。

 東京の事務所として力を入れている国はアジアである。日本政府はアジアに影響力が強いので、アジアの人権問題解決に影響力を行使するように、私たちは政府に働きかけております。アジアでは、アフガニスタンバングラデシュビルマ、フィリピン、東チモールベトナムカンボジアインドネシアシンガポール、中国、マレーシア、北朝鮮パプアニューギニアパキスタンといった地域を対象としています。

 ビルマには、重点を置いている国ですが、政治囚が二千人以上いる。カンボジアは日本が影響力を強く持っている国なので、重点を置いている。中国は、北京五輪が行われた時には、中国政府は人権改善に資するという約束の元に五輪開催を得たのであるが、残念ながら人権改善は行われなかった。ヒューマン・ライツ・ウォッチとしては、中国は約束を守らなかったと見ている。北朝鮮の人権問題は、日本ではよく認識されているが、海外では余り知られていない、あるいは、全く知られていないところがあり、これを国際社会に伝えていくようにしている。これは文献が、韓国語・日本語中心のためと考えられる。ベトナムは、一党独裁により、表現・信教の自由が認めらおらず、政治犯があり、僧侶なども捕まっている国である。日本では中国問題に関心が向けられているためか、ベトナムの人権問題が認識されていない。

 これらの国には全てに話すべき問題がたくさんあるのですが、今日は、スリランカの問題を取り上げることにしたいです。これは15年前のルワンダでおきた大虐殺と似た構造を取っている。つまり、事前に大量虐殺が予測され、進行中においても、これを国際連合は抑止することができなかった。このことを踏まえ、現在は、紛争地における民間人の被害に対して国際社会はこれを保護する責務があるという考え方が出ている。しかし、スリランカにはこれが生かされていない。
スリランカでは、30年前からタミル人とスリランカ政府の間で紛争がおきていたが、現在、タミルの虎(LTT)といわれる武装勢力が、政府軍により限られた地域に包囲され、一月の段階で十万単位の民間人を人間の盾としており、これに対して、スリランカ政府軍は、民間人の盾を配慮することなく攻撃を実施している。スリランカでは拉致、強制失踪が多数出ており、この二十年間で、世界で最も拉致が行われた地域であります。

 今日の段階では、ニューヨークで言うとセントラルパーク程度の小さなエリアに、LTTは追い詰められている。しかし、この段階でも万単位の民間人が閉じ込められている。政府は非戦闘地域を設定しているが、実際には、この地域に攻撃を行っており、ヒューマン・ライツ・ウォッチは、毎日、この非戦闘地域から報告を行っている。

 日本の政府の役割として、日本はスリランカに対する最大の援助国であり、和平のための四共同議長国の一国でもある。明石康司さんが、政府代表としてスリランカに何回も訪れていますが、残念ながら和平に至っていない。今、日本は安保理のメンバーであり、スリランカ問題について安保理で行動することについて非常に消極的である。こうした日本の消極性について、世界は非常に疑問を持っている。これについて、ヒューマン・ライツ・ウォッチは、アムネスティ・インターナショナル等とともに、日本の消極性を非難する書簡を送る予定である。

 日本政府は、安保理など国連の場で、北朝鮮の場合を除くと、アジアの人権侵害国の政府の側に立つことが多く、侵害国を守るということが多い。これを変えられるのは日本の国民しかいないと考えています。日本国民が、日本の外交というのは世界に人権人道を実現していくことが日本外交なのであると、声を上げていかないかぎり前に進まないと思っております。
まだまだ、できたばかりのオフィスでありますが、こういった学会もできて心強く思っております。


タイから見た拉致・脱北 
海老原智治・パヤップ大学タイ日センター コーディネーター

北朝鮮に拉致された人々を救援する会チェンマイ

 北朝鮮人権問題は、人権上の国際的な解決課題に位置付けていくことが重要である。タイは、ASEAN地域大国であり、北朝鮮と国交のある国であり、北朝鮮による拉致被害国であり、脱北者の最大の流入国です。北朝鮮の対外貿易高でタイは第四位の位置にあり、東南アジアにおける北朝鮮の貿易拠点であった。在タイ北朝鮮人は30〜40名である。
北朝鮮によるタイ人拉致は、全部で三つの案件になる。

 第一は、身元が判明した拉致被害者であり、アノーチャー・パンチョイ(1954年7月12日生)が、1978年に出稼ぎ先のマカオから拉致された事例である。これはジェンスキンスさんの証言により明らかとなった事件であり、北朝鮮で元米兵の妻となり、後にドイツ人と再婚したという。

 第二の事例は、騙されて北朝鮮に連れて行かれ翌年戻されたケースであり、これはいずれも女性の10名である。

 第三の事例は、北朝鮮工作員によるタイ人偽装である。これは2006年に北の男性工作員を韓国当局が韓国国内で拘束されることで判明した。

 タイ政府は、アノーチャー・パンチョイさんのケースについてのみ、2005年10月の身元判明直後から北朝鮮と直接交渉をしているが、「拉致」とは呼ばず「行方不明者」としているが、北朝鮮政府は、「アノーチャーというタイ人女性の所在を国内で調査したが、所在は認められなかった。」(2005年11月)と回答し、「チャールズ・ジェンキンスの証言はでっち上げである。」(2005年11月)としている。

 次に、タイの脱北者の現状について、タイは現在、中国を除けば脱北者の最大の脱出先となっている。2007年に、約1,000名(タイ入管公表数)、2008年は約1,500名(NGO推計)となっている。タイ政府は、第3国出国を認めており、大多数は韓国へ行っている。また、「脱北者を人道的に対処する」とし、北朝鮮への強制送還は行わないが、できるだけ目立たない対応を続けており、公式には「密入国者」とし、「難民」とみなしていない。
タイでは、人権意識が高まりつつあるが、北朝鮮人権問題が組み入れられはいない。これはタイで得られる北朝鮮に関する情報が少ないためである。

 今後の課題として、タイ社会に対して北朝鮮人権問題の実情を知らせる必要がある。特に、タイの人権関係者・有識者・法曹関係者・研究者等を、国外の関係者と連携させることである。
なお、海老原氏は、『告白』チャールズ・ジェンキンスタイ語版、“Are They Telling Us the Truth?”(強制収容所からの脱北者証言集)タイ語版、漫画『めぐみ』タイ語版などの翻訳を行っている。



ビルマが現在かかえる問題とその解決のために―日本に期待する役割
マリップ・セン・ブ(Marip Seng Bu)

(この報告は、5月18日にフルテキストを掲載してあります。)

 報告者のマリップ・セン・ブさんは、カチン民族出身であり、17年前に政治的理由でビルマから亡命し、日本に来ました。当日は、1988年以降、日本に亡命したチン族、カレン族、モン族、シャン族の在日のビルマ難民が20名近く来ていた。事前に用意したレジュメは、ビルマ語のものを英訳し、さらに日本語したものであり、これにルビ(読み仮名)をつけたものであり、これは在日ビルマの方のために用意した。この報告は、ビルマの人権情勢の歴史と政治的背景を、

 (1)イギリス支配以前のビルマ―多民族の共生、
 (2)イギリス・日本による支配から独立まで
 (3)ビルマの独立―パンロン協定と連邦の誕生
 (4)ビルマ社会主義時代から88年のクーデター―軍中心の政治へ
 (5)2007年のデモと2008年の憲法草案

と五つの時期に分けて説明をしました。次いで、現在ビルマが抱える問題―3つの大きな「対立」

 (1)民族問題―ビルマ族中心の支配と少数民族
 (2)軍による独占―軍関係者による独占・特権と一般市民
 (3)民主化勢力への弾圧―軍事政権と民主化勢力

について説明を、最後に、問題解決のためにとして、

 (1)ビルマの問題と隣国への影響
 (2)日本に期待する役割

について述べました。ビルマの人権問題の概況と日本のビルマ難民の問題を的確に要約した報告でした。その全文を5月18日に掲載します。